
企業経営を続けていると、予想していなかった出来事に向き合う瞬間が訪れます。
社員が増えるにつれて、働き方や価値観、物事の捉え方に差が生まれ、同じルールのなかで働いているつもりでも、認識にズレが生じることがあります。
はじめのうちは、信頼関係や状況判断だけで成立していたことが、ある時点から急に複雑さを帯びて見える。その変化は、どの企業にも起こり得るものです。
そのとき、経営者や現場を支える方針となるのが就業規則です。
私たちが支援するなかで耳にする言葉に、次のようなものがあります。
「困ってから作ろうとすると、遅すぎる。」
この言葉は決して大げさではありません。
例えば、
無断欠勤が続いた後に復職を希望してきた場合や、残業の線引きが曖昧なまま業務が進んでいた場合。ある社員の対応が前例となり、別の社員から「同じ扱いを求められる」こともあります。
個別対応は柔軟性があるように見えますが、続けていくほど基準が揺らぎ、結果的に社内の公平性が損なわれることがあります。
こうしたとき、就業規則という“合意されたルール”が存在すると、判断の土台がぶれません。
経営者も社員も、どこに立ち戻れば良いのかが明確になるため、不要な誤解や摩擦を避けることができます。
一方で、就業規則が整備されていない場合、判断は人に委ねられます。その判断は時として「対応した人の経験」「その場の感覚」「空気感」に頼らざるを得ず、結果として、
- 言い分が分かれる
- 説明が難しくなる
- 同じ状況でも扱いが異なる
といった問題が起きやすくなります。
こうした状況は、業務上の課題だけでなく、「人間関係」や「信頼」の問題へと発展することがあります。これは、もっとも時間とエネルギーを奪う種類のトラブルです。
誤解されがちですが、就業規則は社員を縛るためのものではありません。
むしろ、働く人を守り、会社を守り、双方が安心できる環境を整えるための仕組みです。
ルールは感情ではなく、事実や状況をもとに落ち着いて向き合うための基準となります。
そして、基準があるからこそ、例外への対応も検討できる余地が生まれます。
「うちにはまだ必要ないだろう」「社員が少ないから何とかなる」そう考える企業も少なくありません。
しかし、社員数が少ないからこそ、一つのトラブルが企業全体に与える影響は大きくなります。採用や教育、業務分担、社風づくりに関わる負担も変わります。
就業規則は、最初から完璧である必要はありません。企業の成長ステージに合わせ、改善しながら育てていくものです。
突然起きる出来事に翻弄されるのではなく、起こりうる未来に備え、整えておく。その積み重ねが、落ち着いた経営判断と働きやすさを支える基盤になります。
もし、まだ就業規則を十分に整備できていないのであれば、それは改善の余地が残されているということ。これは決して遅れではなく、未来をつくるための機会です。
※本記事は一般的な考え方や事例を紹介するもので、法的アドバイスを目的としたものではありません。
就業規則の整備や見直しについて「どこから始めたらいいかわからない」という場合は、無理のない形でサポートいたしますので、まずはあすか社会保険労務士事務所までご相談ください。

《この記事を書いた人》
永井正勝/社会保険労務士 歴28年
川崎市役所、独立行政法人環境再生保全機構、総務省年金記録確認神奈川地方第三者委員会の職歴を経て、平成19年に社会保険労務士登録。平成20年にあすか社会保険労務士事務所を開業。「人を大切にする企業づくりから、社会に誇れる企業」へと成長する支援に尽力する『誠意の社労士』


